今朝の瞑想です。
先日のセッションでクライアントさんへのメッセージに「自由への執着」という言葉があって、自分も共感したのです。
そしたら瞑想中にマインドが会話を始めた。
ふむふむ、あたしも自由に執着してるよな。
自由じゃないと幸せではない、という思い込み。
その思い込み故に、今度は人生の中の不自由なものを「悪し」として遠ざけてしまっている。
ほしいものに少しでも不自由さがあると、それはアンチ幸せだ!と認識するシステムが出来上がってしまっていないかい?
てことは、自由でもいいし、不自由でもいい、とすればいいのか。
ということは、幸せ自体も人生においては制限なのか?
幸せになりたい、と思っていたのが、いつのまにか「幸せでなくてはならない」になってしまっているかもしれん!
じゃあ、幸せでもいいし、幸せでなくてもいい、とすればいいの?
とまあ、このあたりで、これは無限ループにはまるな、と気づきました(笑)
一歩下がってこの思考の会話を観察すると、みえてきたのは、「ガイドラインがほしいねん!」
というマインドの声。
ほほう。そうか、マインドは、ルールが好きなんやな。
こんなときはこうする、っていうマニュアルが必要なんだ・・・・。それがマインドの特性かな。
じゃあハートは?とフォーカスしてみると・・・
いいじゃん~、そのときそのときで違うんだから、ルール決めたって、すべてには対応できないよ~あたしの感じ方は予測できないだろうし、あたしは自然で宇宙で、なんでもいいんだよ~
と、マインドがパニクる発言ばかり・・・(笑)
そう、ハートはルールがまったくなくて、自由で自然で、感覚的にはおそらく、ただの波動。バイブレーション。だから、良し悪しがない。そしてコントロールできないもの。
生きる上で、マインドとハートの役割分担というか、それぞれの特性を理解するのって大事なのかなーって思います。(って思ってるのはもちろんマインドのほうね)
この二つは、一つの「人間」っていう個体において、ものすごく性質の異なるものなんだなぁ。
二つともあって、わたしたちです。
そしてここで一番大事なのは、たぶん、マインドにおける色々なルール設定とか、選択っていうのは、全部私たちのコントロールの範囲内であるということ♪
ハートで感じたことは変えられないけど、そのあとの選択と行動は「変えられる」
なにかの気づきのキッカケになれば、是幸い。
みなさんそれぞれの大晦日を、そして2018年をお迎えください♡
2018年もどうぞよろしくお願いいたします(⋈◍>◡<◍)。✧♡